ふと思い出す

昔飼っていた猫三匹の話。

シャムの夫婦二匹。
キャリコというペルシャ猫の三毛猫一匹。
キャリコは、ブリーダーに産む機械にされていてケージから出たことがないような虐待されていた猫。
身体がボロボロになって、ブリーダーのお役御免になり、引き取った。


どの子も我が家で育てれば、たちまちお風呂の虜になる。
猫は、水嫌いは嘘。水を知らないだけ。

シャムのオス、ケンは、子猫の頃、あまりに水が好きで、トイレの便器で溺れているのを発見したことがある。
トイレの底はカーブしてるから登れない。
本人になって考えてみると本当に恐ろしい。
まだ小学2年だった私は、学校から帰ってきてミーミー泣いてるのを発見した時、マジで焦ったのを覚えてる。
それからというもの、トイレやお風呂など、留守にする時はかなり慎重になった。

とはいうものの、私もまだまだ幼児のようなもの。
けんが押入れに入ってるのに気付かず、戸を閉めて学校に行ってしまったこともある。

帰ったらどこからか助けを呼ぶ声が聞こえる。またけんだ!!
耳を頼りに探すと、自分の部屋の押し入れの中からだった。

開けた途端けんは飛び出した。
どこに行ったかというと、トイレだった。
長い長いトイレ。
我慢していたんだ。約6時間。
一滴も漏らすことはしなかった。
なんて良い子だったんだろう。

猫と犬は私の友達だった。いじめられていたので。
だから押入れも基地にして、猫と遊ぶ毎日だった。


そんな幼少期、我が家は毎年サバイバル的なキャンプをしていた。
一箇所に4〜5日は余裕で。
キャンプ場を転々としながら一週間。
最後は頑張った両親のご褒美に旅館。
そんなスケジュールで。

犬と猫を連れてキャンプに行く家族はあるだろうか。
我が家は海も山も、必ず犬と猫を連れて行った。

キャンプ場やリバーサイド、山奥でテントを張る時は、
犬(当時はシェットランド)は繋いでいたが、猫は森に放した。
尻尾をピーンと立てて、バンビのように跳ねながら森へ消えて行った。
とても喜んでいた。

ご飯の支度ができると、カンカンと食器を鳴らして、

けーん!
タミー!
ご飯だよ〜〜っ!

と、山の中に向かって呼ぶ。
するのどこからともなくガサガサっと音を立てながら、二匹が戻ってくるのでした。


だから、キャリコのクミちゃんも、
同じように戻ってくるだろうと放した。


しかし甘かった。

やはり、大人になってから引き取り、我が家のルールがまだわからなかったのだろうか。
やはり、子供の頃から育てていなかったからだろうか。
クミは戻って来なかった。

探しても探しても、来なかった。
そこは山梨県だった。
休みも限られている。
懸命に探し、待ったけど、クミは戻らなかった。
仕方なく、キャンプ場の方にお願いして、帰ることにした。

8月のことだった。


それから再び、母だけキャンプ場に探しに行った。
ケージや毛布、餌をキャンプ場に預けたり。
でも見つからなかった。
季節はもうとっくに夏を過ぎていた。

彼女にとって、人生の殆どが身動きの取れないケージの中だった。
そんな世界から、森へ山へ招待されたのだ。
帰りたくもなくなるだろう。
幸いにも、毛むくじゃらな身体。
スフィンクスの様な毛の無い猫より、寒さにはまだ耐えられるだろうし。

それにしても、餌は必要だし、サバイバル経験は皆無な子。
山の夜は寒く、秋の夜は冬のような寒さ。
一体どうやって過ごしていたのだろうか。

なんの収穫もなく、母は帰ってきた。
みんな半分諦めていた。


しかし、それから3ヶ月。
なんとキャンプ場で保護できたという電話が来たのである。
冬のキャンプ場なんて誰も利用しないだろうに、管理人さんは常駐していたようで。

記憶が正しければ、その日は雪が降っていた。

派手な狸のような子。
森の中ではさぞかし目立ったろう。

本当に良かったが、3ヶ月、一体何して生きていたんだろう。

それも今となっては良い思い出。
一生をケージの中で過ごし、新たな家でものちに仲良く出来ない犬(ビビアン)がやってきたり…。
我が家でも散々だったかもしれないクミ。
でも抱っこすると、うるさいほど喉を鳴らし続けた子。
でも、山で3ヶ月過ごすというサバイバルな体験もしたクミ。
ほんのすこしでも幸せだったと思ってくれてたらいいな。

クミの居場所はいつもピアノの上で、
慢性ちくのう症だったクミのアオッパナの跡は、今もピアノに残ってる。(汚い(笑))。




私が海外へ旅行に行ってる最中にこの世を去った。
数日間苦しんだそうだ。
私も帰国し、その間の海外での出来事を話した。
「旅先で腸捻転で倒れて苦しんだんだよね。初めての経験で、差し込み?けっこうキツかったよ。」と。
すると家族は、ある事実を私に告げた。
それを聞いて私は大泣きした。
私が倒れた時期とクミが倒れた時期がまるで重なり、
私の身体が回復した日に、クミは天国へ行ったからだ。

もっと可愛がってあげればよかった。
抱きしめてあげればよかった。
あれは、クミの最期の挨拶だったのかな。


ふとそんなことを思い出した。


相変わらず我が家は、愛猫の誕生日も命日も覚えていない(笑)。
今日だったら凄いな(笑)。



え…、今日っぽいんだけど…。

ヒエェエェエエエエエエエ
((((;゚Д゚)))))))