2016年

6月

08日

退院します。

3日から始まった入院生活。
明日、退院を許されました。
大変ご心配おかけしました。

一週間の入院。
本当に辛く、寝たきりだった為、
1日があっという間に過ぎて行きましたが、
まるでお姫様のように至れり尽くせりな日々でした。

まだまだ熱は下がらず、
合併症は引き続き投薬で対処していきます。

1日4〜5本の点滴は堪えました。
回数が多い為、毎回差さなくても良いように、
刺したままでも大丈夫な、シリコンの針を刺すのですが、
これが毎回うまくいかず、
毎度刺し直す、という日々でした。
合計30本。

頑張りました。


また元気な姿をお見せします。
それまで、もうしばらくお待ちください。

2016年

6月

07日

昨夜未明のポエム

私は今、バナナを食べている。

暗い暗い病室の、
人の寝息しか存在しない闇の中、
締め切られたカーテンの中のベッドの上で、
灯りもつけずに、
視界があるはずのない闇のどこか一点を見つめながら、
体育座りして、
音を立てずに、
ただ、
ただひたすらに、

私は今、バナナを食べている。


どんな気持ちかな。
電気をつけたら、ベッドの上で体育座りしてバナナを食べている女がいたら。
どんな気持ちかな。
カーテンを閉めて電気を消しても、どこか一点を見つめたまま、バナナを食べ続ける女がいたら。
柴田さんて、どんな気持ちかな。想像してみよう。いろんな気持ち。

きょうふも、おどろきも、想像力から生まれる。

♪:SJジャパン

2016年

6月

06日

するってぇと?

「◯◯さーん、明日退院だからおふろ入ろう♪」

廊下で看護師さんの声がする。

するってぇと…

私まだ何も言われてない。
なのに今日退院かな?とか思ってた。


するってぇと〜…



退院は、まだなのかぁあぁあ。
。・゜・(ノД`)・゜・。


そして…、
あと一週間以上の御達しが…。

( ˘•ω•˘ )うちょでちょ?

2016年

6月

05日

賭けよう

確実にお熱が下がってきたから、

明日退院に、1000ペソ。



写真は、
ガーゼ屋さんのファンの方から頂いた、
100%コットンのガーゼのみで作られたネグリジェ。
これは、本当に良い品。
何枚でも欲しいもの。
こうやって、確実に使えるものはいいよね。
靴下屋さんのファンがぽるちー靴下を作ってくれたことも。

しばじゅんのお店で、いつか売ろうっと。

2016年

6月

04日

優しいご婦人2人

淋しいから大部屋にしてもらいました。
隣にはご高齢のご婦人が2人。
隣と斜め前に。
ご婦人2人が窓際で、お昼は暑い暑いと言ってます。(苦笑)

咳き込む私に、辛いわね。と、いつも声を掛けて下さります。
「うるさくてごめんなさい。起こしちゃったらごめんなさい。」
「いいのよ。お互い様だから。辛いわよね。」
消灯時間頃から咳が酷くなり、
「昼間沢山寝てるからいいのよ。存分に咳してね。」
と、言ってくださるのです。

この日記を書いていたら、カーテンの隙間から、自分の湿布を差し出し、
「これ、胸に貼ったらどうかしら?少しは楽にならないかしら?」
と、自分の貴重な湿布薬まで下さりました。

なんて優しいカーテン越しのコミュニケーション。
まだ顔を見ていないのに、心は伝わってるコミュニケーション。
ホッとするし、幸せだ。

カーテン越しから聞こえてくる病名は、
命に関わる病名ばかり。
ICUからの患者さん。
人を心配する暇なんてないはずなのに、
同じように苦しんでるのに、
こんな風にカーテン越しに優しさを届けてくれるなんて、
なんて素敵なご婦人達なんだろう。

どうか長生きして欲しい。いつまでも穏やかに健やかに笑顔で。

私もいつかこんなマダムになりたい。


一週間以上苦しめられたお熱、少し下がってきてる気がします。
これからまた深夜にかけて点滴が始まりますが、
毎朝の咽せる苦痛から、早くおさらばしたい。

おやすみなさい。

2016年

6月

03日

初めての入院

初めて尽くしの生活、始めました。

 
持病の皮膚病が全身に回った疑いが持たれ、
暫くの入院を余儀なくされました。

まだまだ辛いですが、大丈夫です!

ありとあらゆる精密検査をしましたが、大したことない感じ。
風邪を拗らせ過ぎている感じの症状です。


今、日常から離れた生活を、存分に味わっています。
この貴重な数日間で、色んなことを勉強しよう。

それにしても熱が引かず、
看護師さんがお熱を測ってロキソニンくれました。

アイスノンとか冷えピタ忘れた!と思っていたら、
アイスノンあるよ!ここ病院だもの!
と、アイスノンまで用意して下さりました。
なんて至れり尽くせりなのだ。
更に熱が下がらないので、脚や脇を冷やすアイスノンまで。
極楽な冷たい枕。
有り難や有り難や。

こんな風に誰かがケアしてくれるなんて、
生まれて初めての体験。

そして、なんでも言ってね!
と言ってくださるが、


…言えない(笑)。悪いから。


おやすみなさい。
消灯時間はとっくに過ぎてます。
っていうか、お熱で起きてられないの(笑)。

2016年

6月

02日

お熱が下がらない。

お騒がせしています。

お熱が下がりません。
一昨日の救急では、風邪が重なったのでは?
という診断で、特に血液検査などもしてくれなかったのですが、
今日も一向に病状は変わらず、
ちょっと嫌な予感…。

少しリンパの腫れが治ってきたのですが、
全く熱が下がらないんですよね。

喉も数時間前にようやく耐えられるようにまで治ってきたのですが、
もっと酷かった一昨日では、扁桃腺は腫れてないと言われ、びっくり。
唾液も飲めないほどなのに。
でも、確かにいつもの風邪とは違う痛みなんですよね。
やけどのような、ただれている痛みで、
血痰まで出続けていて…。
でも、結局風邪とかにされちゃったけど。


だからこそ、今、嫌な予感。


身体がとんでもないことになってないといいな。
明日、また病院に行ってきます。

2016年

5月

31日

#7119

症状が悪化し、リンパが腫れ、熱が下がらなくなったので、
かかりつけの皮膚科に電話をしたら、

「至急救急へ行ってくださいっ!すぐにっ!
総合病院で、内科の先生がいるところを探して!」

と言われ、近くの救急に電話。
整形外科の先生しかいないと断られる。

そこで、#7119の存在を教わる。
そういやそーゆーのあったな。

電話する。
今いる場所から直線距離で内科を受け付けてる近い病院を探します。
近い病院から順にお伝えします。
と言われ、自動ガイダンスに切り替わる。

おいおい、書き留められないよ!
ってくらいの速さ。
こんな救急の時に、気が動転していたり、手元が震えてる人だって、意識が朦朧としてる人だっているのに、
こんな速さじゃ書き留められない!
沢山の病院を聞いた後、
また頭から聞くことに。


そして電話する。
断られる、、
断られる、
断られる、
どんどん遠くなる。


遂に受け付けてくれた病院は、少し遠く、特殊な病院だった。

熱を帯びていて、喉もただれていて声が出ない。
必死に伝える。

どうやって来ますか?
あ、タクシーがつかまらないところにいるので、自転車でまいります。
じ、自転車で??
はい。大丈夫です。

そう言って、フラフラしながら自転車で向かった。
案の定、タクシーは来る気配がなかった。


診察を受けると、外科の先生まで待機してくれていた。
私が40度まで熱が上がっていないのを見て、ホッとしていた。
やはり、最悪の事態を想定されていたようでした。
合計3人の先生が待っていてくれました。


まずは女性の可愛い新米医師さん。
「私、まだ見習いなんですが、大丈夫です。ここで終わりませんから(笑)。私の後に沢山の先生が待っていますので!」
と言われ、とても可愛い女医さんとフラフラになりながら問診が始まりました。

一通り終わると、
「…と、いうことです!」
と、その可愛い女医さんがいきなり一言。
ん?何??
すると壁の向こうから、かっこいい先輩の外科医が登場。

ド、ドラマみたい(笑)。
心の中でそう呟きました。

全部壁の向こうで聞いていたのです。
「どうも、外科の〇〇です。」
そして症状を改めて診てもらっていたら、
これまたかっこいい青の手術着の他の外科医の先生までやってきた。

私の電話での情報の時点で、気にしてくれていたのです。
この先生もリンパ腺まで触診。

(青の手術着かっこいい!私も医師になりたかったなぁ〜。)←無理ですから(笑)

そこが特殊な病院だからこそ、何もかもが新鮮で、意識がどんどん朦朧としてきていたのに、なんだか楽しかった。

「うーん、リンパ腫れるのおかしいな。」
「ですよね。多分他のが重なってるかと…。」
この青の手術着の先生は、更に先輩の医師のようでした。
顔半分が腫れたので、三叉神経という言葉まで出てきていて、訳わからず。

っていうか、そんな怖い病気なの??
ってキョトンとする私。

「昨日だったら入院だったね。でも薬は効いてるみたいだし、僕達も同じ薬を処方するところだったから、処置は間違っていない。」

効いてるかな。何も変わってない気がします…。と言いながら、しっかり話せて楽に。

良い先生達が見つかったと思ったら、
特殊な病院なので、なかなか診られないんだよね。と言われ残念。

そして帰ることに。

「よく自転車で来れましたね。みんなで大丈夫かなって話してたんですよ。」
「あ、全然大丈夫です。(笑)」

タクシーとか大袈裟に感じちゃうんだよね、わたし。
頑張って出来るなら、頑張る。
みたいな。
出来るか出来ないかじゃなくて、やる。
みたいな(笑)。


熱が下がらない。辛いなぁ。関節痛…。


いやぁそれにしても、お医者さんって弱ってる時に頼もしい存在だから、やばいよね。
カッコよすぎる。
制服フェチの私だし(笑)。


薬は増えてしまったけど、なんとかもう一踏ん張り。
耐えます。


2016年

5月

31日

ダメですね。

目の周りの皮膚病の炎症が止まらず、
左目だけなんですが目の中にも炎症が広がり、
目が真っ赤になり、
昨夜から左の扁桃腺まで達し、腫れ上がりし、
左のリンパ腺まで腫れ上がり、
今朝は窒息するのでは?ってくらい扁桃腺が両方腫れてて、

遂に発熱!!
本当にキツイっすねー!


発熱は関節痛が切ないですよね。
そこはかとなく痛い関節痛(笑)。

ああ、こんな時誰かが居たらなあぁ。
って思わせるお熱。(笑)


一人で冷えピタを這いつくばって取りに行き、
梅干し状の扁桃腺が痛くて、
冷えた刺身こんにゃく食べて幸せ感じたり…。
ザラザラなエッグトースト食べてみたり…。
やっぱり痛かったり…。


ああ、しんど。

お薬全然効かないじゃん。
以前扁桃腺が腫れた時に頂いたお薬を更に飲む。
トランサミン。消炎剤。
これ、シミそばかす用の市販のお薬の主要な成分じゃん。
じゃあこれを飲んでいたらシミそばかすなくなるのかな(笑)。


ファンから貰ったキンキンに冷えた栄養ドリンクが、
本っっっ当に有難い。
ありがとう。


薬局で以前キャンペーンで頂いた経口補水液も飲みました。
ずっと冷蔵庫に入れておいたのを、ようやく飲むチャンスが到来しましたわ。
美味しかった!
ちょっともったりしてる水で、リンゴ味。

おかゆ食べたい。
大丈夫か?っておかゆ食べさせて貰いたい(笑)。
でもこーゆー時って、ボロボロなんだよね。お風呂も入れなくて、髪もボサボサでね…。

きったねーー(笑)
会えないわぁ。


ああ、おかゆ食べたい。
近所に彼氏が居たらなぁ…。
せめて電話したいなぁ。

うふふ(笑)。

居ない(爆笑)。




2016年

5月

30日

ふと思い出す

昔飼っていた猫三匹の話。

シャムの夫婦二匹。
キャリコというペルシャ猫の三毛猫一匹。
キャリコは、ブリーダーに産む機械にされていてケージから出たことがないような虐待されていた猫。
身体がボロボロになって、ブリーダーのお役御免になり、引き取った。


どの子も我が家で育てれば、たちまちお風呂の虜になる。
猫は、水嫌いは嘘。水を知らないだけ。

シャムのオス、ケンは、子猫の頃、あまりに水が好きで、トイレの便器で溺れているのを発見したことがある。
トイレの底はカーブしてるから登れない。
本人になって考えてみると本当に恐ろしい。
まだ小学2年だった私は、学校から帰ってきてミーミー泣いてるのを発見した時、マジで焦ったのを覚えてる。
それからというもの、トイレやお風呂など、留守にする時はかなり慎重になった。

とはいうものの、私もまだまだ幼児のようなもの。
けんが押入れに入ってるのに気付かず、戸を閉めて学校に行ってしまったこともある。

帰ったらどこからか助けを呼ぶ声が聞こえる。またけんだ!!
耳を頼りに探すと、自分の部屋の押し入れの中からだった。

開けた途端けんは飛び出した。
どこに行ったかというと、トイレだった。
長い長いトイレ。
我慢していたんだ。約6時間。
一滴も漏らすことはしなかった。
なんて良い子だったんだろう。

猫と犬は私の友達だった。いじめられていたので。
だから押入れも基地にして、猫と遊ぶ毎日だった。


そんな幼少期、我が家は毎年サバイバル的なキャンプをしていた。
一箇所に4〜5日は余裕で。
キャンプ場を転々としながら一週間。
最後は頑張った両親のご褒美に旅館。
そんなスケジュールで。

犬と猫を連れてキャンプに行く家族はあるだろうか。
我が家は海も山も、必ず犬と猫を連れて行った。

キャンプ場やリバーサイド、山奥でテントを張る時は、
犬(当時はシェットランド)は繋いでいたが、猫は森に放した。
尻尾をピーンと立てて、バンビのように跳ねながら森へ消えて行った。
とても喜んでいた。

ご飯の支度ができると、カンカンと食器を鳴らして、

けーん!
タミー!
ご飯だよ〜〜っ!

と、山の中に向かって呼ぶ。
するのどこからともなくガサガサっと音を立てながら、二匹が戻ってくるのでした。


だから、キャリコのクミちゃんも、
同じように戻ってくるだろうと放した。


しかし甘かった。

やはり、大人になってから引き取り、我が家のルールがまだわからなかったのだろうか。
やはり、子供の頃から育てていなかったからだろうか。
クミは戻って来なかった。

探しても探しても、来なかった。
そこは山梨県だった。
休みも限られている。
懸命に探し、待ったけど、クミは戻らなかった。
仕方なく、キャンプ場の方にお願いして、帰ることにした。

8月のことだった。


それから再び、母だけキャンプ場に探しに行った。
ケージや毛布、餌をキャンプ場に預けたり。
でも見つからなかった。
季節はもうとっくに夏を過ぎていた。

彼女にとって、人生の殆どが身動きの取れないケージの中だった。
そんな世界から、森へ山へ招待されたのだ。
帰りたくもなくなるだろう。
幸いにも、毛むくじゃらな身体。
スフィンクスの様な毛の無い猫より、寒さにはまだ耐えられるだろうし。

それにしても、餌は必要だし、サバイバル経験は皆無な子。
山の夜は寒く、秋の夜は冬のような寒さ。
一体どうやって過ごしていたのだろうか。

なんの収穫もなく、母は帰ってきた。
みんな半分諦めていた。


しかし、それから3ヶ月。
なんとキャンプ場で保護できたという電話が来たのである。
冬のキャンプ場なんて誰も利用しないだろうに、管理人さんは常駐していたようで。

記憶が正しければ、その日は雪が降っていた。

派手な狸のような子。
森の中ではさぞかし目立ったろう。

本当に良かったが、3ヶ月、一体何して生きていたんだろう。

それも今となっては良い思い出。
一生をケージの中で過ごし、新たな家でものちに仲良く出来ない犬(ビビアン)がやってきたり…。
我が家でも散々だったかもしれないクミ。
でも抱っこすると、うるさいほど喉を鳴らし続けた子。
でも、山で3ヶ月過ごすというサバイバルな体験もしたクミ。
ほんのすこしでも幸せだったと思ってくれてたらいいな。

クミの居場所はいつもピアノの上で、
慢性ちくのう症だったクミのアオッパナの跡は、今もピアノに残ってる。(汚い(笑))。




私が海外へ旅行に行ってる最中にこの世を去った。
数日間苦しんだそうだ。
私も帰国し、その間の海外での出来事を話した。
「旅先で腸捻転で倒れて苦しんだんだよね。初めての経験で、差し込み?けっこうキツかったよ。」と。
すると家族は、ある事実を私に告げた。
それを聞いて私は大泣きした。
私が倒れた時期とクミが倒れた時期がまるで重なり、
私の身体が回復した日に、クミは天国へ行ったからだ。

もっと可愛がってあげればよかった。
抱きしめてあげればよかった。
あれは、クミの最期の挨拶だったのかな。


ふとそんなことを思い出した。


相変わらず我が家は、愛猫の誕生日も命日も覚えていない(笑)。
今日だったら凄いな(笑)。



え…、今日っぽいんだけど…。

ヒエェエェエエエエエエエ
((((;゚Д゚)))))))